ラッパー/プロデューサーのPUNPEEとDJ/ラッパーの原島"ど真ん中"宙芳から成るDJコンビ「板橋兄弟」。彼らは、2024年11月、池袋PARCOの55周年を記念した「LINK MARKET」に出演した。板橋区を地元とするPUNPEEと原島は幼少期のころから、もっとも身近な街=池袋のカルチャーとともに育ってきた2人。地元板橋、PARCOをはじめとする池袋のカルチャーやこの街の思い出について、話を訊いた。
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- Takahiro Mizushima
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- Harumi Ikenaga
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- Shin Futatsugi
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- Mariko Araki
—— 2人の出会いと板橋兄弟の結成の経緯から教えてもらえますか?
原島 「PUNPEEとは元々渋谷のクラブで知り合って」
PUNPEE 「そう。最初に会ったのはSIMOON(CIRCUS TOKYOの場所にあったクラブ)でしたね」
原島 「PUNPEEは、俺が使い方に苦労していたMPC(音楽制作の機材)をすでに使いこなしていたから教えてほしいのもあったし、遊ぼうよって。そしたら、たまたま家が近いことがわかって」
PUNPEE 「実家が隣の駅だったんですよ。それで地元の近くのファミレスでラップとか音楽の話をしましたよね」
原島 「酒も飲まず、ドリンクバーだけ頼んで2、3時間はいたよね。それから俺が主催するイベントに出てもらったり、PUNPEEからDJやライヴに誘ってもらったり。そのうちに出演するイベントの規模感がでかくなっていくなかで、PUNPEEのバックDJを頼まれて。そのあとに板橋兄弟だよね?」
PUNPEE 「どこで最初に板橋兄弟って名乗ったのかをおぼえてないんですよね」
原島 「齊藤DISCO(現SUMMITのスタッフ)が恵比寿のBATICAで働いていたころに主催したイベントが最初だね。それまでも俺がDJするときにPUNPEEがノリでサイドマイクをやったり、俺とPUNPEEが酔っぱらった勢いでB2B(2人以上のDJが交互に曲をかけること)をやることはあって。それを見ていた齊藤DISCOが『あのスタイルで最初からやってくれませんか?』って出演オファーしてきた」
PUNPEE 「え!? じゃあ、DISCOさんが完全に生みの親だ。名前は俺が付けたんですか?」
原島 「そう、板橋兄弟はPUNPEEのアイディアだね。俺は最初、高田兄弟(PUNPEEと実弟=5lackのこと)があるし、ややこしくならないかなって心配があったけど、早く名前を決めてフライヤーに掲載したいって急かされていたから、そのまま行くことになった」
PUNPEE 「ははは。名前とかってそうやって決まっていくもんですよね」
原島 「だから、結成ということで言えば、2014年とかだね」
撮影の道中、原島"ど真ん中"宙芳の知人が働く池袋ボウリング場へ
—— そんな板橋兄弟は、2024年11月、池袋PARCOの55周年を記念した「LINK MARKET」というイベントに出演されました。どうでした?
原島 「出演する直前の楽屋でPUNPEEと、あれかけよう、これかけようって、本番でかける曲のすり合わせをしていて。池袋って土地柄もあるから、俺は東武東上本線で流れる音楽にビートを足したりしていて。PUNPEEはそのときたしか、黒夢をかけるアイディアを出したんだよね?」
PUNPEE 「いや、SADS(黒夢のヴォーカル=清春が結成したバンド)さんですね。そのバンドの『忘却の空』って曲が『池袋ウエストゲートパーク(IWGP)』の主題歌だったから」
原島 「『IWGP』、観てないでしょ?」
PUNPEE 「いや、観てます(笑)。ちょうど2023年にNetflixで配信されたタイミングもあったから、ドラマのなかの『ブクロ、最高~!』ってセリフが印象に残っていて」
原島 「あの日、あの声ネタを持ってきて使ったのがすごく良かった」
PUNPEE 「PARCOの55周年イベントと同じ年の3月に、池袋とはまた別の、原島さんがゆかりのある土地、奥多摩でもイベントがあって。その奥多摩を舞台にした『駐在刑事』ってドラマに『奥多摩、最高~!』っていうフレーズがあるんですよ。『IWGP』のオマージュかは分からないのですが、それも頭の片隅にありましたね」
原島 「しかし、池袋PARCO本館の屋上であれだけ大きな音量を出していることに驚いた。何日かやっていたから、別の日に池袋に来て普通に道を歩いていたら、何の曲がかかってるかわかるぐらいだった(笑)」
PUNPEE 「あのとき、屋上に初めて行きましたけど、PARCOの看板も間近で見えるし、ロケーションが良かったですね」
—— PARCOと音楽と言えば、レコードショップのWAVEの存在は大きいですよね。
PUNPEE 「自分がよくおぼえてるのは、P'パルコであったレコード市場のことですね」
原島 「あった、あった」
PUNPEE 「だるまや(池袋の老舗レコード屋)をはじめ、めちゃくちゃいろんなレコード屋さんがレコードを出してるときがたまにあって。そこでレコードを買うと、袋はWAVEだった。自分が普段行かないようなレコード屋さんも集まっていて面白かったですね」
原島 「俺は高1のころ、RHYMESTERの『B-BOYイズム』の12インチをWAVEで買ったね。ドイツのアンダーグラウンド・ヒップホップ、SQUARE ONEのファースト・シングル『Mind. Body. Soul.』みたいなマニアックなレコードも置いてあった。カッコいい曲が流れていて、『これ何ですか?』って訊くと、バイヤーの人が教えてくれたし。いいバイヤーの人がいて、ちょっと有名な人だったみたい。WAVEはブート(海賊版)が置いてあるのも面白かった。本来プロモしか出ていないRakimの『It's Been A Long Time』のブートとか」
PUNPEE 「ヒップホップのレコードのブートはそれ自体が文化だし、それでみんなDJをやっていましたからね。ヒップホップ的感性を持った人がバイヤーをやっていたってことですね」
原島 「レコードブームのときサンシャインのなかにもレコード屋があったりした。あと、P'パルコにStüssyみたいなストリート・ブランドも入ってたし、PARCOはお洒落なイメージがあった」
PUNPEE 「自分はPARCOに入ってる楽器屋によく行って、ヘッドフォンを買ったりしてましたね。そう、WAVEと言えば、成人式の日の思い出がありますね(笑)。成人式に出かけたはいいんですけど、会場の入口でキャッキャしてることに理由なく当時の謎の反抗心が出てきて、式に出ずにWAVEでレコードを掘って帰るっていう」
原島 「それってスーツで行ったの?」
PUNPEE 「そうです。レコードを掘るのが破壊行為みたいな思い込みがあったのかもしれない。謎の痛い反抗でしたね」
原島 「ははは。あと、池袋のレコード屋と言えば、サンシャイン通りをちょっと入ったところにあったBounce Record。ラッパーのB.D.さんも働いていて、渋谷に行く前に中古レコードを買うきっかけになったレコ屋ですね」
—— やはり2人にとって渋谷より池袋の方が身近な町でした?
原島 「高校のときは、渋谷は緊張した」
PUNPEE 「いちばん最初に体験した繁華街が池袋でしたからね。自分は小4から板橋で、それまでは巣鴨に住んでいたし」
原島 「池袋にもっと近いじゃん」
PUNPEE 「小学生でも池袋まで自転車で行けたから。サンシャインの地下にゲームセンターがあって」
原島 「あった。すごいでかいやつ」
PUNPEE 「おもちゃ屋とゲームセンターがあって、ガチャガチャとカードダスがいっぱい並んでて、そこに行くのが楽しみでしたね。サンシャインというでかいビルがあるのが子供のころの池袋の最初の思い出」
原島 「地下1階にさ、透明の迷路がなかった? あれ夢かな?(笑)」
PUNPEE 「ははは。たまにそういう夢かなっていうのありますよね。自分の記憶にはあるけど、調べてもネットでも情報が出てこない。ブロックバスターっていうアメリカのチェーン店のレンタルビデオ屋さんが板橋にたしかにあったはずなんだけど、ネットで調べてもあんまり出てこないんですよ。ああいうとき、夢だったんじゃないかってなる」
—— PUNPEEさんのアメコミ好きは有名ですけど、PARCOの本屋さんでアメコミを買って階段で読んでいたというエピソードもあります。
PUNPEE 「本店の方でした。7階ぐらいにでっかい本屋があって、そこにアメコミが売ってました。ラインナップが豊富で。さらに、ナンジャタウンの近く、東京ハンズの裏手あたりにはまんがの森もあった。そこには日本語に訳されていないアメコミがたくさんあって。小5、6のころに通ってましたね」
原島 「いつぐらいからアメコミが好きなの?」
PUNPEE 「小4ですね。池袋のビックカメラのなかにあった本屋で、10歳ぐらいのときに『X-MEN』を買った思い出がある。当時TV東京で『X-MEN』のアニメもやっていましたから。やっぱり池袋は繁華街だから板橋にないものがあって、来るのが楽しみでしたよね」
原島 「池袋はアニメイトの本店があるし、そういうアニメの文化が盛んだよね。乙女ロードもあるし、女性が中池袋公園あたりでカードやグッズを交換したりしているし」
PUNPEE 「アニメや漫画と言えば、自分がまだ巣鴨にいるころ、近所の小さい商店街に古本屋ができたんです。『けんちゃんちのマンガ塾』という名前のお店。名前のとおりけんちゃんという方がやっていて。『ドラコンボール』とかのコミックが中古だから安い値段で売ってるし、よく通いましたね。けんちゃんがいつも車いすに乗りながら頑張っていて、それも子供ながらに印象に残っていたんです。で、その後池袋に行くようになると、サンシャインの近くにK-BOOKSというアニメと漫画の専門店を発見して。『へええ、こんな大きな店があったのか』と、そのときはそれほど気にならなかったんですけど、30歳ぐらいになってふと気になって調べてみると、けんちゃんが経営を拡大して作ったお店だったことがわかって」
原島 「K-BOOKSのKは、けんちゃんのKだったのか!」
PUNPEE 「そう。しかも、池袋や東京以外にも店舗をオープンしていて、けんちゃんは『難病で寝たきりでも「他力本願」で年間50億円稼ぐ!』という本まで出している。子供のころ近所にあった古本屋のけんちゃんがめっちゃ成り上がってることを20年越しに知って驚いて。それは個人的な思い出として大きいし、池袋がアニメや漫画のカルチャーの聖地みたいになってることとも関わっていますよね」
—— 2人の池袋との関係は板橋が地元というのが大きいですよね。2025年末に板橋兄弟として参加した「北町上宿公園まち★わくフェスタ」はどうでしたか?
原島 「板橋兄弟として呼ばれたけど、実はあのイベントは目黒区と練馬区がいっしょになって商店街を盛り上げようっていうイベント。最初は目黒の方でやっていて、今回、東武練馬の商店街に声がかかった。俺が行きつけの居酒屋、むさし乃のマスターが商店街の会長で。そのマスターから話をいただいたから、じゃあ、盛り上げようと。いや~、散々でしたねというのは冗談だけど、音が1回目の出番のときより、2回目の出番のときが悪くなるとかあるんだって(笑)」
PUNPEE 「小さめのスピーカーでしたからね。遊具の高台みたいなところをステージにして、滑り台の上にブースを組んで。あそこでしか出ない空気感と音で面白かったです。ただ、自分はあの公園をずっと板橋区だと思ってた。東武練馬は練馬ですか?」
原島 「いや、板橋区ですよ(笑)」
PUNPEE 「だから、東武練馬駅は板橋区で、さらにその先の北町上宿公園が練馬区で、次の駅の下赤塚でまた板橋区になると。そのあたり入り組んでますね」
原島 「光が丘も練馬じゃん。だから、東武東上線は板橋区と練馬区のキワキワのところをずっと走ってる」
PUNPEE 「やっぱり東上線が大きいですよね。この路線があるから板橋の人は池袋に集まるわけですから」
原島 「俺も極力用事は池袋で済ませたいと思って生きてきたし、生きてるね。俺のなかでは池袋は半分埼玉で、半分板橋区で、豊島区要素はないから」
—— いちおう池袋は豊島区です(笑)。
PUNPEE 「高校で初めてやったバイトも西口にあったカラオケ屋だったし、2010年にPSGでフジロックに出たあと、2011年ぐらいにマジで金欠になってバイトをしようとしたのも池袋だった」
原島 「コールセンターのバイトだよね。俺も金欠で、PUNPEEに『そのバイト、どうやって探したの?』って電話で聞いたことあるよ」
PUNPEE 「ただ、出勤初日にバイト先のバンドマンらしき子たちがフジロックの話をしていて。フジロック出たあとにそこにいる自分に居た堪れなくなって、すぐ辞めてしまいました…(笑)」
—— 池袋でよく行く飲み屋はありますか?
原島 「まさに昨日も飲んでたんだけど、サンシャインの方に『ずぼら』って飲み屋があって。実際に江戸っ子かどうかわからないけど、家族経営風にやっていて、江戸っ子的風情を感じる。飲んでて気持ちいいから好き。PUNPEEもいちどいっしょに行ったことがあるでしょ。『ずぼら』に行ったとき、お客さんといっしょに写真撮ったりしたじゃん?」
PUNPEE 「あったっすね」
原島 「昨日、その人たちがいて、この前のPUNPEEのSeasons Greetings'26のライヴにも来てくれたみたいだった」
PUNPEE 「ずいぶん前に飲みに行きましたね。原島さんはスタジオでレコーディング中もお酒をめちゃくちゃ飲みますね。というか、ラップを録る前から」
原島 「12本ぐらい買って行って、ほとんど飲んじゃうよね」
—— 原島さんは、近年そうとうな数のDJの現場の数をこなしていますけど、選曲のポイントや最近印象的だった現場はありますか?
原島 「余裕がある時間に入れて、前のDJの人のプレイを見ることができたら、こういう選曲が今日は喜ばれるんだなとか、そういう確認はしますね。ただ、時間ギリギリが多いのもあって、あまり事前に流れや選曲を組まないですね。かけたい曲を5曲ぐらいは想定するけど、実際かけなかったりもするし、空気読んでやる感じですね。クラブとかの現場じゃないけど、この前J-WAVEでDJする機会がありまして。新譜をかけて音楽知ってる風に思われたいから、慌てていろいろ新譜をチェックしましたよ」
PUNPEE 「ははは」
原島 「ああいう場は新譜をチェックする貴重な機会なので、年に1回か半年に1回ぐらいやらせてもらえると嬉しいですね」
—— さきほど話にも出た東京ガーデンシアターであったSeasons Greetings'26はどうでしたか?
PUNPEE 「それこそさっきの北町上宿公園じゃないけど、ステージのセットが公園で。板橋兄弟が公園でやってから、その流れが偶然つながったような感じでしたね。何も狙ってないんですけど、そのストーリーが勝手に作られた感はあって。東京ガーデンシアターという大きいところでやりましたけど、普段とあまり変わらず」
原島 「いい意味でわりかしいつも通りだったよね。そんな複雑なことはなかった。ただ、PUNPEEは、リハのときとかそわそわしてるなっていうのは思った」
PUNPEE 「いや、新曲の『Mornin'26』ができるぐらいまではそわそわしてましたね。年が明けて曲ができてからはみなさんが先を予測して動いてくれていたので、自分も1週間前ぐらいにはすべてがほぼ終わっていた」
原島 「前日とか、変な時間にバタバタするようなことはなかったね」
—— ひさびさのソロの新曲「Mornin'26」はどうやって作って行ったんですか?
PUNPEE 「ワンマンもやるし、1曲新しいのを作ろうとなって。いまの時代、たとえばAIで決められたこととか、アルゴリズムとか、SNSとか、時短のコツとかそういうので縮こまっちゃったり、閉鎖的になってしまったりすることが多いじゃないですか。だから、何も考えないでみんなに会いに行く、みたいなことをテーマにしようと思って。普段も原島さんとただ飲むだけでアイディアが生まれたりもするし、そういう曲を作ろうと。ただ、去年中に出したかったけどまったく間に合わず、だけど、テーマに即したMVの撮影の日程も決まっていたから、ほぼ歌詞が書けていない状態で、MVに出演してくれた人たちに会うことになって。MVの撮影でいろんな人に会うなかでペンが進んでいく感じでしたね。会って得たヒントを家に持って帰って形にしていくと、『2026年の空気感ってこんな感じじゃない?』って歌詞ができたから、最初に付けていた曲のタイトルも変えましたし。最初の撮影はElle Teresaさんだったけど、まったく歌詞がなかったから、あのシーンでは歌ってもいないし、ただビートに合わせてふたりで踊っているだけ(笑)。そうやって作って行ったから、曲のBPMも途中で3ぐらい上がって、ある箇所のラップをばれないようにすこし速くしたりしてますね」
—— ヒコロヒーさんの出演が意外でした。
PUNPEE 「ヒコロヒーさんだけ初対面でしたね。インスタでフォローはもらっていたのもありましたし、MVがきっかけで何かいっしょにできるようになったら面白いですね、というのもありまして。お声がけしたらOKの返事をもらえました。他の出演者の方はみんな面識がありますね」
原島 「小沢健二さんは何つながり?」
PUNPEE 「最初、確か弟が赤坂BLITZでやったワンマンライヴにいらしていて、そこからちょくちょく連絡を取るようになりましたね。地元の花火大会にもいっしょに行きました。うちの親父が運転する車で」
原島 「俺はGAPPERとむさし乃に呼び出されたけど、なんで呼び出されたのかわかってなかったよ」
PUNPEE 「まじすか(笑)」
原島 「『むさし乃、来てください』って言われて、『近所だから行きます』って言ったけど、最初、ワンマンライヴの導入の映像の撮影?と思ったら、新曲のMVってわかって。『へええ、そうなんだ。新曲ができてるんだ』って。GAPPERも驚いてたよ(笑)」


PUNPEE
東京都板橋区出身。2007年に実の弟である5lack、高校時代から親交が厚いGAPPERとPSGを結成し、1stアルバム『David』の発表やグループとしてFUJI ROCK FESなどに出演。その後、ソロアルバム『MODERN TIMES』や『The Sofakingdom』『Return of The Sofakingdom』などを発表。Red BullのTVCM、TBS系「水曜日のダウンタウン」のオープニング、宇多田ヒカル「光 -Ray of Hope MIX-」Remix、相鉄東急直通記念ムービー楽曲「タイムマシーンにのって/家族の風景」など多くの作品を残している。FUJI ROCK FESTIVAL’22では、日本人HIPHOPアーティストとしては初となる「GREEN STAGE」に出演。2026年1月ソロシングル「Mornin'26」をリリース。2月には東京ガーデンシアターにてワンマンライブ「Seasons Greetings'26」を開催した。しかしまぁ、⼤事なのは今後である。P
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原島"ど真ん中"宙芳
昭和、東京生まれ、B-BOY。お茶目で陰湿、ノリ重視。名実兼ね備えたロクデナシ。2022年に所属しているChaos On Paradeが結成20周年 1stシングルをSUMMITよりリリース。2026年春、OILWORKSより20thオフィシャルミックスCDをリリース予定。
Instagram(@michiyoshit)





