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COLUMN

勇敢なる「がんばれ」よ

 きみに、がんばれと伝えることに抵抗を感じている。誰もがもう頑張っているのだ、他者と比べてでも過去の自分と比べてでも無く、ただ今の自分が自分であるために、ずっと頑張っているのだと思う。がんばれ、という言葉をもう長いこと誰かに伝えてはいない。それが暴力になる可能性を、ぼくはずっと感じている。
 それでも。どうしてここまでして、苦しい思いをするとわかっていて、突き進まなければならないのかと思う日がある。理不尽さに痛めつけられたとき、不運なんて言葉で苦しみをごまかせるわけがないとき、それでもぼくは歯向おうとしていた。疲れ果てることになるだろう、疲れ果てた未来の自分はきっと、がんばっているんだろう。そうして、がんばることを「無駄だった」と思い始めているだろう。
 だからぼくはそのときの自分に「がんばれ」と言いたい。歯向かおうと決めたとき、勇気を出して立ち上がるとき、ぼくは、未来のぼくに祈っていた。未来のぼくを案じていた。どれほど未来のぼくへ、今「がんばれ」と叫ぼうとも、届くことはないけれど。疲れ果て、戦いを無意味だと思ってしまった瞬間に、届くことはないけれど。「違うんだ、打ちのめされ、押しのけられ、まるでぼくに心がないように、ぼくの言葉など最初からなかったかのように、周囲が、世界が振る舞うときこそ、ぼくは本当の意味で踏みにじられてしまうんだ」。いつだって理不尽さはそうして、疲れ果てたぼくを黙らせようとする。だから、どうかがんばってはくれないか。

(でも、そう言ってしまうことが本当はとても苦しい。)

 誰かがそのとき、過去のぼくの代わりに、「がんばれ」と未来のぼくに言ってくれるなら、ぼくは「がんばっているよ」と息苦しそうに、答えるだろう。疲れすぎて返答すらできないのかもしれないし、むしろ苛立っているかもしれなかった。
 理不尽さが、たとえば未来まで続いていこうとするとき。他者を巻き込もうとするとき。せめてもの美学や良心さえ奪おうとするとき。黙ること、耐えることが、まるですべてを了承したかのように受け止められてしまうとき。戦いたくはない、疲れるんだ、ゆっくり幸福になりたい。それだけなのに戦わなくてはいけないひとが、この世界にはたくさんいる。だからいつかぼくも、未来の自分へ「がんばれ」と言うしかなくなる時がくる。

 ……本当は、立ち上がったそのときはできる気がしても、時間が経てばその無謀さが身にしみてわかることはあるし、そういう後悔の中で、ぼくは過去のぼくこそが正しいなんて、決して言えない。そのときを生きるそのひとの「諦め」を、過去の、もはや他人でしかないぼくが、否定できるわけもないし。それでも、未来の自分へ「がんばれ」と言うしかなくなる時が来て、ぼくは、勇気を出すしかなくなる。「もっとがんばれ」ではなく、その人のこれまでのがんばりに、消すことのできない質量を与えるために、だ。

 ずっと、応援や激励に、贈り物が添えられるのって不思議だと思っていた、達成したときにもらえるご褒美じゃないのかと思っていた。でも、もしかしたらそれは、「がんばれ」と伝えるその人の勇気を支えるものだったのかもしれない。だって、重さがある。労りがある。「もっとがんばれ」ではなく「がんばっているね」と伝える人に、なりたい人はきっと多いよ。

最果タヒ

詩人。中原中也賞・現代詩花椿賞などを受賞。2017年に、詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』が石井裕也監督により映画化。2019年には、横浜美術館で個展『最果タヒ 詩の展示』を開催。主な詩集に『グッドモーニング』『死んでしまう系のぼくらに』『天国と、とてつもない暇』、エッセイ集に『きみの言い訳は最高の芸術』『もぐ∞』、小説に『星か獣になる季節』『十代に共感する奴はみんな嘘つき』などがある。清川あさみとの共著『千年後の百人一首』では、小倉百人一首を詩の言葉で翻案している。http://tahi.jp

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