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COLUMN

西瓜考

夏は暑い。とにかく暑い。
喉元すぎれば暑さ忘れる、という諺は私にとっては真実で、毎年新しい年になるたびに夏の暑さを忘れているのであるが、水無月を迎える頃いきなり30℃超えの日がやってきたりして、はっとする。
そうだ、夏は暑いのだった!
蚊に刺されるのは好きではないが、暑い夏というのは、案外嫌いじゃない。
というのも、それは西瓜の季節だから。

夏ギフト。
子どもの頃、夏に貰って嬉しいものは、断然西瓜だった。
緑色に黒い縞模様、色鮮やかな真ん丸の球体。
その佇まいからして、美しい。
その上、ぱかっと包丁で切って割れば、中は目を瞠るような真っ赤。
したたる果汁は、とびきり甘い。
三日月型に切った後、さらに縦に包丁を入れる場合、どのポジションの西瓜をゲットするかは、かなり重要な選択だ。
やっぱり食べたいのは三角形の頂点の部分である。
まあ、とにもかくにも、私はたいそう西瓜が好きなのである。
小学生の時分には、いつか西瓜をまるまる全部独り占めして思う存分食べるのが、夢だった。
そんなある夏の夜、冷蔵庫にぎゅうぎゅうに押し込まれた西瓜を発見した。
隣の家のおばちゃんから貰ったものだった。
まるままでは入り切らなかったのか、ちょうど半分に切られた格好である。
私は、これはチャンスだと考えた。いますぐにでも、食べてください、といった調子に見える。
朝一番に起きて、みんなに見つかる前に、私はひとりでこれをみんな食べてしまおうと考えた。
そうして実際、それを決行したのであった。

空がぼんやりとした朝焼けにつつまれているうちに私は起き出し、パジャマ姿でスプーンを握る。そう、あの銀色のギザギザの西瓜スプーンである。
半球型の西瓜を直接テーブルに載せ、そのままそこへスプーンを突き立てた。
私は感動に打ち震えた。
最高の贅沢♡
三角形の頂点を探すまでもなく、真ん中はみんな甘いのだから。
私は恍惚としながら、西瓜の中央を堀り続けた。
母が起きてきて、その現場を目撃し、ぎょっとしていた。
だが、あえてそれを止めもしなかった。(母は西瓜がたいして好きではなかったのだ)
結果、私は姉たちには西瓜を全部食べてしまったことを責められ、逃げるようして学校へ駆けて行ったのだった。
授業が始まる頃、私は酷い胸焼けに襲われた。
そうして休み時間、教室の真ん中でゲロを吐いたのだった。

クラス中みんなが戦慄していた。
というのも、私のゲロが真っ赤だったからである。
駆けつけてきた先生は、私が血を吐いたと勘違いして、青ざめていた。

確かに、気分は悪かったし、ゲロを吐いたのは最低だった。
せっかくの西瓜は吐き出され、実に勿体無いことをした。
しかし私は、西瓜を心ゆくまで食べた恍惚感を失いはしなかった。

今でも夏になると、西瓜を見つめてうっとりする。
ああ、あれを半分に切って、そのままスプーンを突き立てたい、という欲望にかられる。
とはいえ、大人になった私は、至って冷静で、なかなか巨大な西瓜にまっすぐ手を伸ばせないまま、夢想する。
ご近所さんとの西瓜のやりとりを。
お値段だとか、冷蔵庫の空き具合だなんて気にせずに、西瓜をあげたり、貰ったりする、真夏の日々の楽しさよ。

小林エリカ

作家/マンガ家。 著書は小説『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)(第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補)、短編集『彼女は鏡の中を覗きこむ』(集英社)、アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)、"放射能"の歴史を巡るコミック『光の子ども1,2』(リトルモア)、作品集『忘れられないの』(青土社)など。
市原湖畔美術館「更級日記考―女性たちの、想像の部屋」展参加中(7月15日まで)。8月25日からは国立新美術館「話しているのは誰? 現代美術に潜む文学」展に参加します! 夏には『光の子ども3』(リトルモア)も刊行予定。

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