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COLUMN

一年の終わり、胸震える瞬間

破局寸前の恋人とはるばる温泉旅館へ出かけていって、どうしてかはじまってしまった口論の末に一睡もしないまま迎えた朝は最悪で、なんでこんなことになってしまったんだろう、ていうかわたしはなにをやってるんだろう、とひとり絶望的な気分で浴衣にスリッパをつっかけて露天風呂へ出かけていった。
そうしたら、露天風呂はわたしひとりきりしかいなくて、朝の眩い光が水面に揺れていて、空気は澄んで冷たくて、裸で飛び込んだお湯はとろりと暖かくて、空を見上げたらはらはら揺れる紅葉しかけの葉の色があまりに美しくて涙が出た。
ああ、こんなに最低な気分でも、最悪な状況でも、ただただ美しいってことで、一瞬だけでも胸は震えるんだな、ということに私は深く感動した。
という青春のひとコマが遥かむかしにあった。

師走も近づき一年を振り返ってみると、勿論、最高に楽しいこともいっぱいあった。けれど、基本私は落ち込みやすい性格なので、この歳になってもやはり、なんでこんなことになってしまったんだろう、ていうかわたしはなにをやってるんだろう、ということが幾つも思い出される。
ああすれば、こうすれば。
あれもこれも、もっとうまくできたんじゃないかな。
というかそもそも、破局寸前の恋人とわざわざ温泉旅館へなんか出かけていった当時の私は何だったんだ(いまさら)。
けれど、この一年は、この人生は、全てはたった一回きりのことだから、やりなおしがきかない。
だからこそ、どんなに最悪でも、最低でも、失敗ばかりでも、一瞬だけでも胸震える瞬間が、できるだけ沢山あればいい。
政治家が、メロンだカニだイクラだなんだを、こっそり贈答したがるのはよく分かる。
だって、美味しいものを食べた瞬間だけは、どんなに最低でも最高だから。
一年の終わり、胸震える瞬間を、数え上げてみる。
うん、結構、あるよね。

小林エリカ

作家・マンガ家。 著書は小説『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)(第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補)、短編集『彼女は鏡の中を覗きこむ』(集英社)、アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)、"放射能"の歴史を巡るコミック『光の子ども1,2』(リトルモア)、作品集『忘れられないの』(青土社)など。新刊に、コミック『光の子ども3』(リトルモア)、小説『トリニティ 、トリニティ 、トリニティ』(集英社)がある。

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