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COLUMN

光栄な仕事

 サンタさんはいない。それを知ることが、つまり、信じていたものを失って夢と現実の境界をはっきり認識することが、大人になるためのひとつのきっかけなのだとしたら私は大人になりそこなってはいないか、とすこし不安になる。私はサンタの存在をずっと信じたまま「サンタなんて本当はいなかった」とはっきり絶望する機会を持たずにここまで生きてきたからだ。

 もちろん疑問に思ったことはあった。小学校中学年くらいの頃だ。「サンタさんって本当にいるの?本当はパパとママでしょ!」。両親に詰め寄ると彼らはこう言った。「うーん。しょうがないな。じゃあ秘密の話を教えてあげる。もちろんサンタさんはいるよ。遠い国に住んでいる。だけどサンタさんはクリスマスの朝に世界中の子供たちに一斉にプレゼントを配らなくちゃならない。でも一人じゃ到底無理でしょ。だからそれぞれの地域に特派員がいるんだよ。サンタさんから命を受けてプレゼントを配るんだ。当然その担当がパパやママに当たることもあるよ。これは大人にとってとっても光栄な仕事」。

 聞かれたらそう答えようと用意していたのか、口からでまかせだったのかはわからないけれど、10歳そこらの子供を黙らせるには十分すぎる巧妙な言い訳だった。それ以来私はサンタの存在を信じ、同時にその意思を受け継ぎプレゼントの配布活動をする大人たちがいることも理解したため、学校で誰かが「サンタなんていないんだ!」と暴露して教室中を震撼させても、「フッ……サンタネットワークを知らないんだな……」と世界の秘密を知る者のみが醸しうる余裕の態度でスルーすることができた。

 「サンタさんからのプレゼントは小学生までの子供が対象」と、サンタの秘密を知った時に親から聞かされたので、あと3年、あと2年、と終わりが近づくにつれ、心を込めてサンタさんに手紙を書いた。身長がすこし伸びました、テストを頑張りました、お母さんの言うことをちゃんと聞いていい子にしてます、だからポケモンのおもちゃください。希望のプレゼントを手に入れるための露骨な自己アピールをぎっしり書いて、母と一緒に郵便ポストに出しに行った。イブの夜は終始そわそわしながら、サンタさんへの差し入れクッキーを焼いて、リビングの窓を少しだけ開けて早々に眠った。明日の朝にはちゃんとプレゼントが届いていますように、と祈りながら。

 冷たい床はクリスマスの朝だ。学校に行く日よりも早くベットから飛び起きて、リビングにめがけて走って行くときの、あのひんやりとしたフローリングの感触。お眼鏡通りのプレゼントがそこにあったときの、弾け飛びそうなほどの嬉しさ。あの時の気持ちはいつまでたっても不思議なほどに風化しない。なんせ未だに街にイルミネーションが灯り、どこからともなくクリスマスソングが流れてくるだけで、胸がきらきらと満ちていく感じがするのだ。ただ季節が巡ってくるだけで、その時を生きているだけで、こうもご機嫌を自家発電できるのだから、そんなにお得なことはない。子供のときにもらった一番のプレゼント。それはつまり、今の私をも守ってくれる、幸せな記憶だったのだ。

平野紗季子(ひらの・さきこ)

フードエッセイスト。小学生の頃から食日記をつけ続ける「平成のごはん狂」。雑誌などで連載を持つほか、イベントの企画運営・商品開発など、食を中心に活動中。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)、『私は散歩とごはんが好き(犬かよ)。』(マガジンハウス)がある。

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