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COLUMN

謎深き、陣中見舞い。

陣中見舞いというのは、たいてい大仕事に取り組んでたり、忙しい相手に激励の意味で贈るものだ。「差し入れ」に近いものかもしれない。聞いた話だと、テレビ関係で差し入れされるのは「いなり寿司を裏返しにしたもの」で、「裏(番組)を食う」という意味合いがあるのだとか。楽屋にあるお菓子は「ばかうけ」を必ず入れておく、とも。当然ウケることのゲン担ぎである。また演劇関係だと、飲み物の差し入れは常温の「お水」でいいのだという。味のついた飲み物は逆に喉が渇いてしまうので、稽古のときによくないからだと聞いた。

そういう業界の慣習は色々あるのだろうけど、物書きの世界だとあまりルールはないような気がする。お菓子をいただくことが多いが、編集さんに陣中見舞いでいただいたのは「アミノ酸の粉末」と「クルミ」。サプリメントはあまり飲まないタイプで、初めて飲んだが、本当に元気になるのでコレはありがたかった。実用的で助かる。

最近、もらって印象ぶかいというか、ミステリーというか。高知県の「ウツボ」のスナック菓子というのをいただいた。ウツボの干物をスライスして揚げたモノ。滋養強壮と眼精疲労によく、カルシウムも摂れるという。パッケージにはファンシーなウツボのイラストが描かれている。コレを渡してくれたのは友人の知り合いで、コレが初対面だった。「直角さんもお忙しいと思って。陣中見舞いです」と気を使ってくれた。

なぜ彼がその場にいたかというと、友人に謝罪するためだった。

彼はギタリストで、友人が主催するライブイベントに出演予定だったが、当日予告なしでドタキャンした。当然現場は混乱したのだが、不思議なのは当日、代役の知らないギタリストが来たのと、彼から「陣中見舞い」と書かれた缶ビールが1ケース届けられたこと。その手間があるなら連絡を寄こすか、普通に来ればいいのに、わけがわからない。でも彼はそういう不思議な行動をちょくちょくやるらしく、周囲の人間を激怒させてきたのだという。友人もこれで何度目かの経験で、さすがに呆れ果ててしまって「絶交」を宣言した。

彼は、「絶交だけはどうしても許してほしい」と懇願し、僕と友人がいるところに謝罪に来た、というわけだ。ものすごく恐縮している。このお土産からもわかるように、当日は高知に行っていたらしい。

実は、母親に会いに行っていた、という。

彼の家庭環境は少々複雑で、その母親は本当の母親ではない。父親の再婚相手なのだが、一度も会ったことがないという。彼が成人してすぐの話で、父親とも音楽で食っていくことで喧嘩をし、ほぼ絶縁状態。だから会う機会もないままここまで過ごしてしまった。その母親の具合が良くない、と父親からの電話で聞き、突発的に飛行機で飛んでいったのだという。イベントをキャンセルするのが申し訳ないので、せめて代役とビールを贈ったのだ、と。

母親が玄関に出て彼を見ると大変驚き、家にあげてくれた。父親はいなかったらしい。具合というのは体の不調というよりも精神的なもので、あまり元気がないようだった。初めて会う母親の家。そこに仏壇があることに気づいた。若い女性の写真が立てかけられている。これは?と聞くと、彼女の娘だが、十数年前に他界したのだ、という。そこからの母親の話が驚きだった。娘も実はギタリストで、母親は反対してたのに喧嘩して家出のようになり、いろんなライブハウスで演奏していたのだとか。年齢は彼の一つ下、好きなものはエビチリと軍モノの古着のコート。ドクター・マーチンのブーツをいつも履いて、鼻歌で「また逢う日まで」をよく歌っていたという。まるで自分と同じだ、と彼はとても驚いた。母親も、父親から彼の話を聞き、自分の娘とそっくりだと思っていたという。そして泣き出した。だからずっと陰ながら応援していたのよ、まさか会える日がこんな急に来るなんて思わなかったわ、と。

そんな偶然もあるのかと僕も驚いた。彼は友人の前で、その義理の妹の気持ちも背負ってこれからはやっていきたいと思っている、自分が申し訳ないことをしたのは反省しているから、どうか許してほしい、と涙ぐむ。

友人はつまらなそうな顔をして、もういいよ、と言った。また頼むときは連絡する、とひどくそっけない。怒りの矛先を向けられなくて、そんな態度をとっているのかと僕は思った。彼が所在なさそうにカバンを持とうとすると、友人が「一杯くらい飲んでいけよ」と言った。彼はホッとした顔で座り直した。

そこからは何も関係ない下世話な話ばかりを友人はして、笑いの絶えない飲み会となった。終電前にお開き。友人と僕は同じ方向なので一緒に帰るとき、友人が舌打ちをして、つぶやく。

「アイツ、町田出身だし、親も離婚してないよ。イベント当日、俺は実家にも電話したからな」

えっ、と僕は立ち止まる。じゃあ、この高知みやげは? と聞くと、友人は少し笑って、「わからない。アイツの話はどこからが本当でどこから嘘なのか、誰にもわからないんだ。そこが面白くもあり、腹が立つところでさ」。

呆然とする。そういえば彼のギタリストとしての芸名は、「ジョーカー」だったし、もらった高知みやげのウツボのスナック。商品名は「おもうつぼ」である。……なんだか、すべてが狐につままれたような気分になった。

渋谷直角(しぶや・ちょっかく)

1975年、東京都練馬区生まれ。1990年代にマガジンハウスで『relax』のライターをしながら、漫画も描き始める。主な作品に、『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』、『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』などがある。2019年、『デザイナー渋井直人の休日』がTVドラマ化され話題に。最新コミックスは、『さよならアメリカ』、『続・デザイナー渋井直人の休日』。現在『yomyom』で「パルコにお店を出したくて」を連載中。
https://www.shibuyachokkaku.com/

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