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COLUMN

東京の人になる

 大学進学を機に、生まれたときから暮らしていた旭川を離れ、上京した。
 東京はずっと憧れの場所だった。雑誌を読んでも、テレビを見ても、そこに登場するのは東京だ。すべての有名人は東京に住んでいるし、すべてのライブは東京でおこなわれる。もちろんそんなことはないのだが、半分本気でそう思っていた。
 しかし実際に上京すると、今度は旭川がやけに恋しくなってしまった。
 友人たち、(当時の)恋人、実家で飼っていた犬、母親の料理。なんでもあるはずの東京に、けれどそれらはない。
 結果、二ヶ月に一度くらいのペースで帰省していた。わざわざ飛行機に乗るというのもあって、帰省すると、最低でも一週間ほどは滞在する。大学の授業を平気で欠席しながら、イヤだったはずの実家や地元を、ぬるま湯のように感じていた。

 帰省するときはいつも、羽田空港で何かしら買っていた。
 ちょっとしたおかずとか、ちょっとしたお菓子とか、その場で目にとまった、高くない(大学生にとっては重要な条件)何か。
 大喜びされるということはなかったが、こういうのは形だからと思っていた。

 大学で友だちができたり、好きなお笑いや音楽のライブに行ったりしているうちに、東京と少しずつ仲良くなれてきた気がした。それまではなぜか、思いきり拒絶されているように感じていたのだ。
 初めて食べるものや、初めて目にするアーティストが増えていき、都内の地名を言われたときに、あのへん、とすっとイメージできるようになっていった。
 馴染みというほどではないが、たまーに行くようになった餃子店があり、そこでは持ち帰り用の冷凍餃子も販売していた。
 ちょうど帰省する前日にも行ったので、実家に持っていくために、一袋購入した。

 飛行機が着陸するときから気づいていたが、旭川空港周辺は大雪だった。
 いつものように父の運転する車で迎えに来てもらい、実家への道を行く。
 窓から見える一面の白い景色が、妙に新鮮に感じられた。東京だったら絶対電車止まってるな、と思ったりもした。

 渡した餃子はさっそく、その日の夕食のメニューとなった。
 一口食べた父親が、うまいなこれ、と言った。わたしが買ってきたものをおいしいと言うのは珍しいことだった。
 何度か行ったお店、とわたしは答えた。答えながら、頭の中に、その店の光景や、一緒に行った友人たちの姿が浮かぶ。
 こうして東京に馴染んでいくのかもしれない、と思った。お土産を、空港じゃない別の店で買ったからって、大げさだ。でも本気だった。将来どんなふうになっていくのかはまるでわからないが、確かにわたしは、憧れていた東京で暮らしはじめたのだ。

加藤千恵(かとう・ちえ)

歌人・小説家。1983年生。北海道旭川市出身。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年、高校在学中に短歌集『ハッピーアイスクリーム』(現在、集英社文庫)にてデビュー。小説、詩、エッセイの他、ラジオなどのメディアでも幅広く活動中。近著に、『わたしに似ていない彼女』(ポプラ社)、『この街でわたしたちは』(幻冬舎文庫)などがある。http://katochie.net

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