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COLUMN

卒業式で髪を切る

 卒業式でなんかしでかしたい。

 高校の卒業式の一ヶ月くらい前から、僕は卒業式でなんかしでかしたくてたまらなくなっていた。卒業式の前と後で自分が変わってしまうようななんかをしでかしたい。でも、式の邪魔はしたくない。僕一人が調子にのって卒業式を台無しにするなんて最悪だし、小心者だから先生に怒られたくない。周囲に迷惑をかけずになんかしでかしたい。

 それで、散髪をすることにした。

 式の最中に髪を切って、新しい自分になる。散髪ならきっとあまり目立たないし迷惑もかからないだろう。髪を切るのは同じクラスの松橋くんにお願いした。松橋くんは嫌な顔ひとつしないことに関しては右に出るものはいない男で、僕がいつだか突然漫才をやりたいといったときも嫌な顔ひとつしないで練習につきあってくれたし、その漫才がめちゃくちゃスベって悲惨な結果に終わっても嫌な顔ひとつしないでジュースをおごってくれたので、髪を切ってほしいという今回の頼みももちろん嫌な顔ひとつせずに快諾してくれた。

 卒業式当日。卒業生の名前が次々と呼ばれていくなかで、僕の散髪もはじまった。席はあいうえお順なので、僕の隣の席に松橋くんは座っていた。

「(誰かの名前)」
「はい!」
チョキチョキ
「(誰かの名前)」
「はい!」
チョキチョキチョキ

 髪の毛の束が落ちてくる。僕はそれを手で拾い集める。自分の髪の毛をあんなに愛おしく感じた瞬間はなかった。高校生の自分が残骸になって散らばっていくような感覚だった。

 卒業式を終えてトイレへ行き鏡で自分の髪型を確認すると、眉にかかってた前髪はおでこがみえるくらいまで短くなっていたし、横も後ろのざく切りされた跡がわかるようになっていた。

 ただ、おもったほど変わってなかった。体感としてはもっとはっきり違いがわかるくらい短くなってるイメージだったけれど、鏡でみる自分は「さっきもこんな髪型だったよね」と言われたら納得してしまうような微妙な変化だった。案の定、周りもほとんど気づいてくれず、一瞬、あれ?という顔はしてもとくに指摘するまでには至らなかった。

 こうして、僕は高校を卒業してマイナーチェンジしたのだった。

三浦直之(みうら・なおゆき)

ロロ主宰。劇作家。演出家。「家族」や「恋人」など既存の関係性を問い直し、異質な存在の「ボーイ・ミーツ・ガール=出会い」を描く作品をつくり続けている。古今東西のポップカルチャーを無数に引用しながらつくり出される世界は破天荒ながらもエモーショナルであり、演劇ファンのみならずジャンルを超えて老若男女から支持されている。『ハンサムな大悟』で第60回岸田國士戯曲賞最終候補作品ノミネート。2019年脚本を提供したNHKよるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』で第16回コンフィデンスアワード・ドラマ賞脚本賞を受賞。

撮影:三上ナツコ

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