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COLUMN

バレンタイン

小学校高学年のときに、私はしょっちゅう鼻血を出した。
未だ謎なのだが、とにかく、ほぼ毎日といっていいほど、鼻血が出たのだ。
鼻血というのはくせになるものなのか、それとも余程私の身体には血が余っていたのか。
テストの最中だろうが、給食のときだろうが、気づくと鼻からつうっと真っ赤な血が流れ出す。クラスメイトは心配するし、テストの紙は血だらけになるし、ティッシュを鼻に詰めるという屈辱的な醜態を晒すはめになる。
そのうえ、授業がたまたま保健体育の時間だったことまであって、言わずもがな、最悪である。

というわけで、そんな私にとってチョコレートは禁忌であった。
正直、チョコレートを食べすぎて、実際に鼻血を出した人を見たことなどなかったが(ところで、欲情して鼻血を出した人、というのも現実には見たことがない)。
かくして、バレンタインデーというのは、鼻血に悩んだ数年間、私にとっては修行みたいな日々になった。
好きな人に贈ったり、好きな人から贈られたりする、チョコレート。
義理でもあげたり、貰ったりする、チョコレート。
ハート型の、ボンボン型の、チョコレート。
クッキーにまぶされたり、フルーツにコーティングされたりする、チョコレート。
みんながやりとりするチョコレートたちを眺める。
私はただひとりひたすら無になった。
私にとってチョコレートとは、もはや幻に近かった。
鼻血をひたすら憎んだ。
バレンタインのことさえ、恨めしかった。

不思議と、中学生になって初潮がはじまるころには、鼻血はぴたりと止まった。
あの鼻血の季節は、一体全体、何だったのだろう。
いま、私はあの数年間を取り戻すように、思う存分チョコレートを食べる。
バレンタインでも、バレンタインじゃなくても、食べる。
チョコレートを、食べる。
けれどもう、鼻血は出ない。
なんだか少し、寂しい。

小林エリカ

作家・マンガ家。 著書は小説『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)(第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補)、短編集『彼女は鏡の中を覗きこむ』(集英社)、アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)、"放射能"の歴史を巡るコミック『光の子ども1,2』(リトルモア)、作品集『忘れられないの』(青土社)など。新刊に、コミック『光の子ども3』(リトルモア)、小説『トリニティ 、トリニティ 、トリニティ』(集英社)がある。