送別退職祝い |ふと、ギフト。パルコ|PARCO GIFT送別退職祝い |ふと、ギフト。パルコ|PARCO GIFT

COLUMN

船関連一択

 送別や壮行にあたって何を贈るかという問いに対しては、相手の好みやこれから先の生活を鑑みたものを、というのが一般的な様子だが、私にいわせれば船関連一択である。なぜかといえば、「前途洋洋」「順風満帆」という四字熟語が航海のイメージを有するからだ。船「関連」であるから、必ずしも船そのものに固執することはなく、たとえば船につきもののロープがパーツとして使われているバッグやケーブル編みのニット、地球儀、リストウォッチ、航海日誌をつけるためのノートなど、想像力を駆使すれば贈る相手にふさわしい何かがきっと見つかるのではないだろうか。

 ご存じのように、飛行機が発明される前の時代、海を越えなければならない長距離移動は船に頼るしか術がなかった。旅客機がポピュラーな存在になるまでは、この事情はそれほど変わることはなかったといっていいだろう。こうした船での旅は、飛行機に比べれば時間こそ大幅にかかるが、その一方でそこでしか味わえない体験もあるように思う。小説や映画の中の船旅で描写されることも多い、テーブルを囲んでの豪華なディナー、生演奏の音楽、舞踏会などは飛行機ではなかなか叶わないものだろう(逆にいえば、飛行機での旅は、ある程度平均的なサービスが乗客全員に提供されるという利点がある)。

 面白いのは、船と一口にいっても大型客船からボートまで大小様々であるというところだ。このことは、動力や燃料の兼ね合いからある程度の大きさが要求される飛行機とは対照的である。であるから、人によって船のイメージも当然ながら多岐にわたるだろう。ちなみに、冒頭に挙げた船関連の品目はヨットや漁船、大型客船といった色々なタイプの船のイメージから抽出したもの。『ナイル殺人事件』(1978)の豪華客船や『太陽がいっぱい』(1960)のトム(アラン・ドロン)がフィリップ(モーリス・ロネ)を殺害するクルーザー、『バニシング』(2018)で3人の灯台守が無人島に向かう際に乗っていた小型船――映画に登場した船がその助けになった。

 話はややそれるが、船が出てくる映画で私が好きなのはジャック・リヴェットの『セリーヌとジュリーは舟でゆく』(1974)だ。ボンボンキャンディを口に含むことで『不思議の国のアリス』を彷彿させるパラレルワールド的な世界(アリスよりははるかに現実味のあるものだが)を行き来することができるセリーヌ(ジュリエット・ベルト)とジュリー(ドミニク・ラブリエ)。この2人が、ある屋敷で殺される運命にあった少女を連れ出すシーンで小さなボートが登場する。タイトルに「舟」の字があるものの、舟が登場するのは、3時間を越える本作において終盤のこのワンシーンのみなのだが、実に印象的なのだ。セリーヌ、ジュリー、少女が乗るボート(公園にあるような手漕ぎボート)が画面右手から、少女殺害を企てていた(ある意味実行したともいえる)女2人と男1人が死人の様相――この3人はもはや亡霊なのかもしれない――でボートに乗って画面左側から登場し、すれ違うという幻想的な美しさを湛えた場面である。

 さて、再び贈りものに話題を移すと、船にまつわる、あるいは船からイメージされるものを選ぶという中で、あえて挙げなかったものがある。それは錨である。なぜかというと、錨は停泊時に用いるものであって、前進のイメージである「前途洋洋」や「順風満帆」といった言葉とは相反するからだ。しかし、定年退職される方への送別品であれば、錨をモチーフにしたものも悪くないのかもしれない。長きにわたる勤めを全うした人に、しばらくゆっくり休んでくださいという気持ちを伝えるには錨モチーフのアイテムは実はうってつけといえそうではないか。

青野賢一(あおの・けんいち)

セレクトショップ「ビームス」にて、個人のソフトを社外のクライアントワークに生かす「ビームス創造研究所」に所属するクリエイティブディレクター。音楽部門「ビームス レコーズ」のディレクターも務める。ファッション、音楽、映画、文学、美術などを横断的に論ずる文筆家としても知られ、現在『CREA』(文藝春秋)、『ミセス』(文化出版局)などで連載を持つ。DJ・選曲家活動は今年で33年。