Mothers'day|ふと、ギフト。パルコ|PARCO GIFTMothers'day|ふと、ギフト。パルコ|PARCO GIFT

COLUMN

母親、そして目に見えないプレゼント

  母親にプレゼントをあげた記憶がない。なにか残るプレゼントを。花とか酒とかはイベントごとにあげたことがあるけれど、どんなに記憶を辿っても何か消えてしまわないものをあげた記憶がない。そもそも12歳から両親と一緒に暮らしてないうえにそれまでは電気すらも止まる貧乏な家に暮らしていたから、自分の人生に親という存在は完全に欠落していて、なんというか、家族について考えるのはけっこう難しい。とりわけ母とはずっと距離があったため、母の日になにかしてあげた記憶もほとんどないまま、アタシは大人になってしまった。

 でもこの数年でやっと少しづつ母のことを愛せるようになってきたと思う。お互い病的なまでに感情的だから、一緒に住んですらいないのに関わることがすごく困難だったけど、大人になるにつれて、母親も自分と一緒の寂しい人間なんだって思ったら過去を許せるような気持ちになる。周りにいつも男の影があるけれど、本当はどこまでも一人ぼっちで倒れるまで酒を飲んでしまう母親に、だらしのない自分の姿が重なることが苦しい。未来が過去を変えるなんて思ってもいなかったけど、アタシたちはなんだか色んなことを許せたり忘れたりしてしまえるよね。許しは愛だし、忘却は希望だということを、日々を過ごし年を重ねるなかでゆっくりと覚えてゆく。

 アタシの母親は何度も結婚をしていて、いつも男がいて、その人たちが母親に何かしらのプレゼントを与えていたと思う。小学生の時、冷凍食品を食べながらひとりで真夜中に家で漫画でも読んでいると、泥酔した上機嫌な母親が何かしらのプレゼントを抱えて家に帰ってきた。それが何なのかは今となっては覚えていないけれど、アクセサリーとかだったんだろうか。12歳で別々に暮らすまでに母親が家に帰ってこなかったことは数回しかなくて、いつも日付が変わったあとでも、きちんと家に帰ってきていたことを思い出す。今になって考えるとすごいことだよね。だってアタシに小学生の子供がいたとして、独り身だったとして、誰かと酒を飲んでそのまま家に帰るなんてことを何年間もずうっと続けて出来るのだろうか。デートしたりしちゃうよね。それで時々家に帰ることを失敗してしまいそう。(もしかしたらアタシは愛されていたのかもしれない。)

 そんな母親が、数年前のクリスマス直前に連絡してきたことがある。ねえクリスマスに一緒にご飯でも行こうよって突然言われて、なんで予定空いてるの? だれか男はいないの? と急に彼女のことが心配になってしまった。今までこんなことは一切なかったから。アタシは自分の予定をキャンセルして、彼女とクリスマスにご飯を食べに行くことに決める。それなのにアタシはいつも通り、大幅に遅刻してしまう。「産んだ子供が女で本当に良かったよ、もしアンタが男だったらクリスマスに若い男に待ちぼうけくらってる中年女みたいじゃん」と言って悲しそうに母親は笑った。しまった、何かプレゼントを持ってくればよかった、と咄嗟に思う。アタシだってお金なんて全然なくて、毎回母の日や誕生日にプレゼントなんてあげてられやしないけど、プレゼントという偶然の喜びが必要な時って、きっとあるよね。クリスマスにはプレゼント持ってきてあげられなかったけど、母の日になったら、寂しくてあまりにも愛おしいアタシの誇れる母親になにかプレゼントをしてあげよう、と思う。何がいいかな、暖かくて生きてるだけでそれなりに楽しい春先にピッタリなもの、自分では買わないけどもらったら嬉しいもの、そうゆうタイプのものをあげたいなと思う。母親へのプレゼントはきっとそれくらいがいい。そんな高価でないもの、うっかり無くしてしまっても、喪失感が大きくないもの。これ以上、母親を寂しくさせられないから、そうゆうゆるやかなものをプレゼントしてあげたい。これからの梅雨に向けてイケてる傘、いいブランドのシンプルな黒のストッキング、めちゃくちゃ高価なフェイスパック(あ、だめだこれはまた消えてしまうから)ええと、いつもは使わないだろう玄関前に置いてるだけでテンションのあがりそうな香水、そうゆうものを母の日にはプレゼントしよう。そしていつか、もう少しアタシにお金が出来たら、母親を旅行にでも連れていってあげよう。女ふたりだけで、人生のむずかしいことなんて笑い飛ばしながら、一緒に異国の地で思いきり酒を飲んで、呪われた(誰にも言えない)アタシたちの過去を愛で洗い流すんだ。

UMMMI.(うみ)

アーティスト/映像作家。愛、ジェンダー、個人史と社会を主なテーマに、フィクションとノンフィクションを混ぜて作品制作をしている。初長編映画『ガーデンアパート』、東京藝大学の卒業制作『忘却の先駆者』がロッテルダム国際映画祭に選出(2019)。また、英BBCテレビ放映作品『狂気の管理人』(2019)を監督。現代芸術振興財団CAF賞 岩渕貞哉(美術手帖編集長)賞受賞 (2016)。イメージフォーラムフェスティバルヤングパースペクティブ入選(2016)、ポンピドゥーセンター公式映像フェスティバルオールピスト東京入選(2014)など。 http://www.ummmi.net/