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COLUMN

空港で売っている、缶に入ったお菓子

イギリスに住んでいるものの、帰省みやげはほとんど買わないか、すこし気分がいいときはつまらないものを空港で買う。自分ではあまいものなんて全然好きじゃないというのに、ちょっと豪華な缶に詰まった箱のチョコレートとかビスケットとか、イギリスの国旗とかテディベアが描かれているものを手にとる。お菓子なんてちょろっとしか入っていないのに16ポンド(約2200円)もするこの憎たらしいお菓子を、気分が乗ってるとき、あるいは少しだけ手元に金があるときに手にとってしまうのには理由がある。

こんなお菓子をつい買ってしまうのは、日本に住む祖父母のためである。インターネットの使いかたもわからず、もちろんイギリスにも来たことのない、孫が未知の国でなにやら怪しい仕事をしていると思っている祖父母にあげるため。ちょっと見た目が豪華で高級なお菓子を買うことで、アタシのことをめちゃくちゃ心配しまくっている祖父母をなんとか安心させてあげたくって、自分がもらってもべつに嬉しくもない空港のちょっと高級なお菓子を買い続けてしまう。

わりと頻繁に日本に帰ってきているのだけど、だいたいお菓子を買ってきたときは90歳を超えた横浜に住んでいる祖父母に会いにいき、祖父の大好きな金麦を一緒に飲みながら二人と近況を話す。「いつになったらちゃんと働くの?」「ちゃんと働いてるよ」「どこの会社?」「会社では働いてないんだけど、自分で映像を作ったり文章を書いたりして生活しているよ」「そんなことしてお金稼げるの?おばあちゃん心配になっちゃうよ...海ちゃんのお父さんも無職だし、同じようになってほしくないなあ....」「アタシはだいじょうぶだって!なんならベビーシッターのバイトもしてるから」「ほら芸術でなんかじゃ稼げないじゃない」「もうすぐしたら家だって買えるようになっちゃうくらい稼いじゃうんだから!」「嘘つきなさい!ベビーシッターのバイトしてるとか言って、もう26歳なんだからね」とかなんだか小言を言われ続け、アタシの金麦の缶はどんどん空いていき、「お酒も飲みすぎなんじゃない、いろんなひとから海ちゃんが飲み過ぎてるって聞くよ」と言われ、アタシはもうなんで自分がまっとうな仕事をしていないのかわからなくなって(こんな毎月の収入に格差がありまくるギリギリの生活じゃなくて、きちんとした仕事をしながら映像を作ったり文章を書いたりすればよいのでは)と痛いところをつかれて、案の定よっぱらい、思い悩んだ結果、とにかく祖父母と、そしてなによりも自分自身を安心させるために「じゃあ来年からはおばあちゃんの大好きなNHKで毎日働いて、たくさん安倍政権の実態を暴露しちゃんだからね!そこそこ映像やってきたからきっと入社できるでしょ!」とまたしても出来もしないことを口走ってしまったりする。そして会話をすればするほど祖父母の面持ちは心配げになっていき、アタシだってだんだん自分の人生が不安になっていき、気づくと会話に沈黙が生まれてしまう。

そしてこの沈黙が訪れたとき、アタシはカバンのなかから申し訳なさそうにして空港で買ってきた、毎回代わり映えのしないイギリスの国旗やらテディベアが描かれた缶に入ったお菓子を取り出す。はい、おみあげ、とアタシは言う。またいつもの空港で買ってきた缶に入ったお菓子。祖母は、もうこんな高級なもの買ってこなくていいのに、とか言って、なんだか申し訳なさそうにモジモジしながら開けもしないでそそくさとキッチンの奥の方にしまいこむ。そりゃあこんなの毎回買ってきたら喜びもしないよなー、孫の人生だって心配するよなー、あーあと思いながら金麦をごくりと飲む。そして祖母はキッチンの奥から、アタシが前に遊びにきたときに買ってきた同じようなまだ封の空いていない缶に入ったお菓子を出してくる。「もったいないからずっと取っといたんだけど、海ちゃんがまた買ってきてくれたからみんなで食べようかね」そしてアタシたちは、祖母の入れてくれた渋い緑茶をビールのチェイサー代わりに飲みながら、賞味期限の切れたイギリスのお菓子をむしゃむしゃと口にするのだった。

UMMMI.(うみ)

アーティスト/映像作家。愛、ジェンダー、個人史と社会を主なテーマに、フィクションとノンフィクションを混ぜて作品制作をしている。初長編映画『ガーデンアパート』、東京藝大学の卒業制作『忘却の先駆者』がロッテルダム国際映画祭に選出(2019)。また、英BBCテレビ放映作品『狂気の管理人』(2019)を監督。現代芸術振興財団CAF賞 岩渕貞哉(美術手帖編集長)賞受賞 (2016)。イメージフォーラムフェスティバルヤングパースペクティブ入選(2016)、ポンピドゥーセンター公式映像フェスティバルオールピスト東京入選(2014)など。 http://www.ummmi.net/