COLUMN

帰省土産

子どもの頃、誰かから貰ったスイスの土産物のチョコレートを目の当たりにしたときの衝撃は、いまなおはっきりと覚えている。
ひとつひとつにマッターホルン、エーデルワイス、レマン湖などの風景写真がプリントされている、よくある土産物定番品のあれである。
しかし当時の私はそれに瞠目した。
土産と、旅先の景色が一目瞭然、合体している!
わざわざ旅行で撮った写真なんかを見せてもらったり、旅先から絵葉書を送ってもらわなくても、旅を垣間見ることができるだなんて。しかも、食べれる、美味しい。
私はすっかり感動し、そのチョコレートの包み紙を剥がし、大切に引き出しの奥に仕舞い込んだのだった。

かの記憶のせいか、私は帰省するにも、旅行の土産にも、パッケージにその場所の名前や風景、風物などが大プッシュされている土産を掴みがちである。
わざわざ、どこどこからやってきましたと自己紹介しなくても、どこどこへ行ってきましたと説明しなくても、それを手渡しただけで全てが伝わるような、しかも美味しい土産。

これまでを振り返り、我ながら屈指の土産だったと誇るのは、チェコ、ヤーヒモフの街で買った、「ヨアヒムターラー銀貨ゴーフル」。
レストランも一軒しかないような寂れた小さな町の、キオスク兼土産物屋といった佇まいの店で、私はそれを見つけた。
円形のゴーフルに、かつてその町で鋳造された銀貨「ヨアヒムスターラー」を模したパッケージが施され、あたかも巨大な銀貨のように見せかけた品であった。
ちなみに、その銀貨、略称「ターラー」の名は、後に新世界アメリカへまで渡って「ドル」の語源になったという由緒正しい歴史もある。
私は「ヨアヒムターラー銀貨ゴーフル」を手に、スイスのチョコレート以来の深い感動を覚え震えた。
なんたる名土産!
唯一の残念は、ゴーフルが割れやすかったことと、誰も私ほどヨアヒムターラー銀貨には関心がなかったことくらいである。ところで、土産はみんなあげてしまったので、ゴーフルの味は、わからない。
美味しかったといいね。

ところで、大人になってもなお、チョコレートを食べると、ふと実際には訪れたこともないスイスの風景を思い出すことがある。
マッターホルン、エーデルワイス、レマン湖。
あざやかなブルーの空の色。
ひょっとしたら、帰省土産を手渡せば、それを食べたご近所の誰かが、いつかそんな風に私のいるこの場所を想ってくれることも、あるかもしれない。

小林エリカ

作家・マンガ家。 著書は小説『マダム・キュリーと朝食を』(集英社)(第27回三島賞候補、第151回芥川賞候補)、短編集『彼女は鏡の中を覗きこむ』(集英社)、アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(リトルモア)、"放射能"の歴史を巡るコミック『光の子ども1,2』(リトルモア)、作品集『忘れられないの』(青土社)など。
東京、国立新美術館にてグループ展「話しているのは誰? 現代美術に潜む文学」(2019年8月28日-11月11日)参加。ロンドン、Yamamoto Keiko Rochaixにて個展「最後の挨拶 His Last Bow」(2019年9月5日-11月21日)開催。夏に最新の『光の子ども3』(リトルモア)も刊行されます。