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COLUMN

誕生日は言ってほしいもの。

「おれ、今日、誕生日なんだよね」とは、なかなか言いにくい。

「祝ってほしい」とかプレゼントをくれとねだっているようで、さすがに図々しいと思ってしまう。軽口が言えるような間柄なら冗談めかして「何か奢ってよ」と言えるけど、相手のキャラクターによっては重荷に感じてしまうだろう。「ごめんなさい、何も用意がなくて…」と謝らせてしまうのも心苦しい。

 とはいえ、逆パターン。相手が今日、誕生日だったのに、同じように気を使ってこちらに教えてもらえなかった、というのは寂しく感じるものだ。それは友達でも、少し気になる人でも。

 昔話になるけれど、その日、ある女の子と夕飯を食べていた。西荻窪の「ラヒ」というパキスタン・カレーのお店。安西水丸さんはじめ、いろんな人の絵がたくさん飾ってある楽しい内装で、もちろんカレーは最高に美味しい。チキンは当然のこと、マトンマサラ、マトンキーマ。砂肝カレーも。個人的には東京でいちばん好きなカレー屋さんのひとつだ。その女の子とは付かず離れずというか、どちらからともなく、たまに食事に誘ってくれたり、何か用事があるときにこっちから飲みの誘いをする関係。小さな雑貨屋さんのスタッフで、たまにコラムやマンガのネタで拾えるような変わったお客さんの話やトラブルのエピソードを教えてくれる。

 その日は、彼女が抱えるストレスについての話がメインだった。自分のお店で売っているオリジナル商品が、もっと大手の雑貨屋さんにデザインをパクられて…と。それだけならよくある話だけれど、そのパクったと思しき雑貨屋の人が古くからの知り合いだった、というので余計にショックを受けているという。でもそういうのは、意外なウラがあったりもするし、実は誰も悪くなかった、なんてこともあるし。知り合いなら直接事情を聞いたほうがいいと思うよ、被害者モードだけで見ちゃうと、変なこじれ方しちゃうことも多くなるしね、なんて僕も偉そうにアドバイスしたりして。そっか、そうだね。聞いてみようかな、と彼女が少し落ち着くと、あとは僕のどうしようもなくバカみたいな下世話な話に終始した。

 気付くと意外と時間が経ってしまい、終電近くの中央線に乗ってお互い新宿方面へ帰る。彼女は王子のほう。僕は目黒。車内で彼女が「実は、今日誕生日だったの」と言うので驚いた。僕と同じように、なんか図々しいと思って言えなかったという。でも、カレーが美味しかったから良い日だった、とも。せっかくの誕生日だったのに、ロクな話をしなかったじゃん、と思ったし、そういえば今日、誘ってくれたのは彼女のほうからだった。電車がちょうど高円寺駅に着いたので、僕は思わず彼女の手をとって、「降りよう」と言った。

 夜の高円寺でも、この時間になると開いているお店は少ない。飲み屋ならやっているけど、何かプレゼントするようなモノが買える店なんてみな閉まっている。シャッターばかりの「ルック商店街」を歩きながら、(失敗したかな…)なんて思っていたところに、露天商が出ていた。

 金色の細い針金を使って、ちょっとしたアクセサリーを作るお店だ。見ると、針金を曲げて、好きな名前をアルファベットの筆記体にして、ブローチにしてくれるという。ひとつ500円。あまりにもチャチなモノではあるけど、半ば冗談めかして「……作ってもらう?」と聞くと、彼女は黙ってうなづいた。

 露天のおじさんはペンチを使って器用に針金をスイスイ折り曲げていく。あっという間に彼女の名前のブローチが出来上がった。おじさんは「サービスしてあげるよ」と、筆記体のいちばん端っこに、金色の小さな鈴をくっつけてくれた。もともとチープなものなのに、その鈴がついたことで余計にチープに見える。まして彼女は、洒落た雑貨屋さんのスタッフだ。誕生日プレゼントとして、コレはどうなのだろう? ところが彼女は、「わたしがアナタのぶんを作ってもらうよ」と500円を出して、もう1コ注文した。おじさんは再び丁寧に「Chokkaku」と筆記体で針金を曲げていき、同じく小さな鈴をつけてくれた。

 なんだか2人ともおかしくなって、ケラケラ笑いながら、それぞれのブローチを自分の服につける。「まあ、僕からの誕生日プレゼントってことで…」と申し訳ない気持ちで言うと、「嬉しい、ありがとう」と笑ってくれた。駅に戻るともう、終電はなかった。

 ……その日、そのあとのことはナイショだけれども、翌年の彼女の誕生日は、まったく違うプレゼントになったことは記しておく。

渋谷直角(しぶや・ちょっかく)

1975年、東京都練馬区生まれ。1990年代にマガジンハウスで『relax』のライターをしながら、漫画も描き始める。主な作品に、『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』、『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』などがある。2019年、『デザイナー渋井直人の休日』がTVドラマ化され話題に。8月に発売された最新著書は『続 デザイナー渋井直人の休日』。現在『yomyom』で「パルコにお店を出したくて」を連載中。
https://www.shibuyachokkaku.com/